こんにちは、アウレリウス太郎です。
ここでは、論語で私が学んだこと、
いわゆる古典でリスキリングしたことを
発信していきたいと思います。
今回は、言葉を信用せず、行ないを信用するということについて、書きます。
論語の引用文
論語には、このような記載があります。
先生がいわれた。
「論語」斎藤孝訳 ちくま文庫
「以前、私は人に対して、その言葉を聴いてその行ないまで信用した。今や、私は人に対して、その言葉を聴いても行ないを観てから判断することにした。宰予(さいよ)のこの一件で考えを改めたのだ」
アウレリウス太郎は、ここから以下のようなことを学びました。
言葉を信用せず、行ないを信用する
孔子の弟子であり十哲中の一人である宰予が、
昼寝をしていたところを孔子が見て、今回引用した言葉を発しました。
孔子は宰予をかなり信用していたのでしょう。
それにもかかわらず、宰予が昼寝をしていたので、裏切られた気持ちになりました。
ただの昼寝で孔子が怒ったとは思えません。
おそらく何かしらの用事を宰予に頼んだあとに、昼寝をしているところを見たので、
「宰予がサボっているではないか!」
きっとこのように思ったのでしょう、と想像できますね。
その人の言葉で、行ないを信用するということ
始めに孔子が言った、
「私は人に対して、その言葉を聴いてその行ないまで信用した」
こうすると、どんなことが起きるのか考えてみました。
例えば、納期にルーズな同僚Aさんが居るとしましょう。
あなたは月曜日、そのAさんに今週金曜日までに終わらせる仕事を頼みました。
Aさんは、快く引き受けてくれました。
日頃のAさんのルーズさを知りつつも、あのような気持ちの良い返事なら、
きっとやってくれるだろう、と安心します。
仕事の期日の金曜日の17:00になっても、Aさんからは一切連絡がありません。
こちらからAさんに問い合わせると、
「ごめん、ちょっと別の仕事が入っちゃって、今落ち着いたから、これから取り掛かろうとしたとこなんだ」
しまった、あなたは後悔しました。
日頃のAさんの行動を見ていたら、容易に想像できた結果。
Aさんの言葉を信じてしまい、あなたは後悔しました。
そうです、言葉を信じ、行ないまで信用すると、後悔することが起きてしまいます。
後悔しないために、どうしたら良かったのでしょうか?
それは、中間地点すなわち水曜日ごろに進捗を確認すればよかったのです。
そこで、Aさんが仕事をある程度出来ているか、全くできていないかを見て、
Aさんに頼み続けれるか、別の人に頼むのか、判断出来たと思います。
これこそが、行ないを観てから判断するということなのです。
あなたが後悔しないためには、言葉を信用するのではなく、行ないを観てから信用するようにしましょう。
今回のブログは以上になります。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
Good Thinking,Good Life.